2018-05-01から1ヶ月間の記事一覧
たまにはゆっくりのんびりと、時間をたくさん使う贅沢をしてもいいんじゃない?
悪い夢を見てうなされる。それは家族が病気になったり傷つけられたり遭難する夢。目が覚めて安堵する。 もしかしたらそれは、万が一何かが起きた時に自分が最良の対処をするためのシミュレーション訓練なのかもしれない。
できないんじゃなくて、できる前に諦めてるだけだ。
これが最後かもしれない、これが最後かもしれないって毎回思うけど、まだ最後でないことはとても幸せなことだ。
親にとって子の結婚とは、ちょっと寂しくてたくさんうれしいことのようだ。
わかってもらうために多くの時間を使うよりも、わからんけどあいつだからきっと凄いんだろうと思わせる方が早い。
自分でやりたい手伝いは喜んでやらせていただく。 半人前の自分の修行になることだったら、手伝いの代償に僅かなお金など貰わないほうがいい。 一人前になってあとでドカンと稼げばいい。
信じたい人は信じれば良い。 信じている人の心の平安を無理に壊す必要はない。 それによって誰も不幸にしていないのであれば。
自分のことを知ってて当然とか、自分ことをわかってるのが当然と思うほど、あなたは有名でもなければ、気にもされていないんだよ。私たちは路傍の石。
ゴールデンウィークが5月20日くらいからだったらなぁ。せめて地域別に時期を変えてくれたらなぁ。
うまいワインさえあればあとは何もいらないといつも思うんだけど、 その直後に、あと…さえいてくれれば…と思い直し、 そのまた直後に、その上…さえあれば…と思い直してしまう私は、煩悩の塊。
毎日のように新しい人と出会い、 毎日のように同じ質問を受ける。 お仕事は何をしてらっしゃるんですか? そして毎日その答えに窮する…
就職ができなければ自分で会社作ればいいじゃない。(マリー・アントワネット風)
何を書くのも自由だけど見たくないものを見ない権利が私にもある。 ご縁があったけれど、私にとって我慢ができないほど最悪の人の書いたものをシェアするのなら私は離れるしかない。
どんなに優秀な雇われ会社員より、どんなに駄目なアントレプレナーの方がずっと素敵。自由も正義も信条も自分で決めたとおりにできる。
物事を決断する時には、これまでのプラスとマイナスを計算に入れてはいけない。これからのプラスとマイナスだけを計算して決めるのだ。
落ち込む時は眼がくぼむまで落ち込む。 喜ぶ時は眼にシワを寄せるまで喜ぶ。 泣く時は眼が腫れるまで泣く。 笑う時は眼に涙が浮かぶまで笑う。 そうした方が良い人生が送れるよ。
入口の桜が咲いたら。 鶯の鳴き声がだんだん上手になってきたら。 コゴミが開いてシダになってきたら。 とうとうタケノコの季節。
ちょっとしたことですぐ傷つくような人が好きだ。傷ついて泣き叫んでもまたすぐにすぐに笑顔になる人が好きだ。
木も草もタケノコも野鳩たちも、皆暖かい春が好きなんだね。
凄い人が第一線でバリバリやっているように見えても、本人は意外とつまらないことで悩んでいたりする。普通の人間として普通に話かけよう。
中にばかりいると視野が狭くなり自分たちの駄目さ加減がわからなくなる。外と付き合えばわかるはずなのに理性より感情が優ってやっぱりわからない。でも外に飛び出てからわかっても遅いんだよな。
皆で世の中のことを考えてるのに、自分の保身とか組織の防衛とかちっぽけなことばかり考えてる奴は人間もちっぽけだな。
一番自分が話したくない思い出を語れるようになったら、ようやくそれを乗り越える時期が近づいてきたということかもしれない。
頑張ればできることなど夢とは呼ばないんだよ。やればいいだけじゃないか。 頑張っただけではできないことだから夢なんだ。
信頼してもらえるような人になるためにはどうすればいいかとか考えてる時点でもう信頼してもらえるような人ではないということだ。
満開の桜を見れるのは1日だけ。 それも自分から見に出向かなければ見ることができない。 自分から動いてチャンスを掴むんだ。
よく泣くけど、散々泣いた後はケロっとして、次の瞬間にもう笑っている。 昔から自分で困難を乗り越えて、気持ちを切り替えるのが得意な子だった。 味方も敵もわかった今なら、きっとこれまで以上にチャレンジできるよ。
立派な虎に成長させるためには、子を崖から突き落とす必要はない。ただそっと子から離れるだけで良い。