2019-02-01から1ヶ月間の記事一覧
心配性は、早い時期からあらゆることに備えて準備しているから失敗しにくい。多様なシミレーション訓練しているから想定外でも落ち着いて対処できる。でもしなくても良い心配ばかりしているから命が削られる…
なにか悪いことをしたから不治の病いを患うわけではない。病いを得る得ないは偶然と運でしかない。でもだからと言ってそれをすんなり受け入れられるわけでもない。
大きなことをブレークダウンして緻密にやれる人は、細かいこともできる人だ。 でも細かいことができるからと言ってその人が大きなことをやれるかどうかはわからない。
仕事が遅い人の仕事が終わるのを待っている時間ほど無駄なものはない。
良い人の周りにいる人はやはり良い人であることが多い。 だから、良い人は良い人に出会うことができる。そしてそれが繰り返される。
人間の成長に必要なのは、家族と過ごす時間と、友人と過ごす時間と、愛する人と過ごす時間と、一人でいる時間。
喜ぶ時は笑う。悲しい時は泣く。良い時は褒める。駄目な時は叱る。子供にはそのような差がハッキリとわかるように見せた方が良いと思うんだよね。
受けた恩は次の世代に返そうと思っているのだけど、いくらも返せていないうちにまた恩を受け続けてしまっている。恩を溜め込めすぎないように気をつけなければならない。
誰だって、いつも暗くて顔をしかめている人より、いつも明るくてニコニコしている人と一緒にいたいのは当たり前。
出来が良いとか悪いとかではなくて、早いか遅いかだけだ。
子供のことは信じて待つしかない。そんなことずっと前からわかっていたつもりだったけど、本当にそれがわかったのはつい最近のことだ。簡単だった。信じるだけでいいのだから。
親なんて、駄目なところは子に反面教師にして貰えばいいし、駄目じゃないところは子が受け継いでいてもそれに気付かずにいてくれれば良い。
上の子の力になってくれる家族は親だけだが、 下の子の力になってくれる家族は親と兄弟だ。 でも歳取ったらそれが逆になるかもしれないけどね。
悪いところが似たら、自分からの遺伝だと思え。 良いところが似たら、本人が頑張って身に付けたのだと思え。
調子良くても調子悪くても愛しい私の身体。両親からもらった大切な身体。
凄く大変だから耐えらくなるのではない。たとえ少し大変なだけでもそれがずっと続くことが人を壊すのだ。
若い時の一日も、年取ってからの一日も、人生の中に占める割合は全く同じはずだけど、若い時に無為に過ごした時間はもう取り戻せないから、これからの時間をより一層大切にするしかないのだよな。
ちゃらんぽらんに見えても大切なことは知っているつもりさ。 そこはちゃらんぽらんじゃないんだ。
信じて待つのが一番良いのだけど、信じることはできても、待つことが難しい。 どーんと構えて待てなくても、オロオロしながら待てばいいさ。
人に頼ったりするから人を恨んだり失望したりしなきゃいけない。自分の力でやったら、恨みも失望もなく、あったとしても感謝だけだ。
一面の雪の季節には、この雪が全部なくなる日が来るなんて信じられない気持ちがする。でも数ヶ月後には必ず雪はなくなる。目の前にあることだけを見て物事を信じちゃダメだ。
男は女に弱い。(男 < 女) 女は子供に弱い。(女 < 子供) まとめると、男は女子供に弱い。(男 < 女 < 子供)
俺は生きてる!そう感じるほど思いっきり駆け抜けたことがあるかい?その経験があるから僕は恐れずにすむのだ。
儲けるためには元手が必要。 損したとしても元手がなくなるだけ。 元手はあった方がいい。 だからまずやることは元手を作ること。
物事は急には始まらないし、すぐには終わらない。 だからなおさら、始めようと思った時と、終わらせようと思った時が大切なんだ。
心の中で燃やし続けている炎は消してはいけない。聖歌のように、たとえ小さくなったとしても守り続けるのだ。
恐る恐る一歩を踏み出して、ゆっくりと歩き出す。そう、一度立ち止まったとしても、勇気を出してまた一歩目からやり直せばいいのさ。
才能というのは毎日コツコツと積み上がっていくものではない。どこかにそっと潜んでいてその片鱗も見せず、条件が整ったら突然に開花するもののようだ。